ウェブがいかに世界を変えたかを伝え続けたきた「WIRED」誌の、日本版創刊者の小林弘人さんによる一冊です。

本書のすごいところは、SNSやウェアラブルデバイス、オープンガバメントやシェア・フリーの概念、アップルの最近の動向までもが一貫した語り口で1990年代からの歴史の延長線上として描かれていることにあります。新書という体裁をとりながら、これらの概念を見事にわかりやすく説明しています。
読者の対象もさまざまで、ウェブへの興味がそんなにない人が読んでも面白いし、これからの企業でイノベーションを起こしていく方法にも触れられているからそこに注目する社会人にとっても有益にちがいないことでしょう。

さらにユニークな点としては、「人間中心主義」という言葉を用い、総合的には昨今の情報環境は人間を豊かにしているものと見通しているのがWIRED創刊者らしいです。

あらゆるもの情報がデータベース化され、それが肉体にまで及ぶ情報社会はしばしばSF小説でディストピアとして描かれます。
 
クラウド化する世界
ニコラス・G・カー
翔泳社
2008-10-10





ネット社会に警鐘を鳴らす「クラウド化する世界」では情報を一手に集めるグーグルなどのプラットフォーム企業が少人数で圧倒的な収益を上げ、多くの人から雇用を奪っていく未来も示唆されていました。

しかし本書は、一見情報を吸い上げて人間の体験を情報化された無機質なものにするとみられがちなECサービスやマッチングサービスが、実は人間らしい欲求をより多く満たすものとして機能していることを例に挙げて逆の未来を提示します。
例えば旅行先で泊まれる宿を探す人と空き部屋を貸す人をマッチングさせる「エアビーアンドビー」というサービスは、無機質なホテルの一室を借りるのでは得られない体験を提供します。これは貸し手側と借り手側の間に実に人間らしいコミュニケーションを促すのです。
「人間中心主義時代に販売すべきは"体験"である」という見出しにはそのエッセンスが代弁されているのです。

もちろん手放しのネット賛歌ばかりでぎっしり埋まっているわけではありません。ネットの性質としてその速すぎるスピードを挙げています。今の我々はYoutubeで動画が表示されるまでの5秒間すら待てず、広告をさしはさむ余地を与えしまう。それがネット疲れを生みます。
そのカウンターカルチャーとして、スローフードをもじった「スローウェブ」という風潮が紹介されていて、 これもまた「人間中心主義」、すなわちウェブによって人の体験の価値を引き上げる一つの流れとしておさえることも可能でしょう。

最終章ではこうした社会の流れをどういった視座で乗り切ればいいかが7つの視点から語られます。
ここで最も印象に残ったのが"検索できないものを見つけよう"というセンテンス。インターネットの外でしか得られない体験、知りえない情報に素晴らしい価値が生まれるというのもやはり「人間中心主義」の主張が根幹にある。
ネットでできないこと、得られない体験はこれからどんどん希少性を増すにちがいありません。
わけもわからずいい気分にさせてくれる凄腕の営業マンの口説き文句やセクシーな女性の誘惑といったものはインターネットに代替されるどころかますます威力を上げていくはずです。


まとめると、「人間中心主義」をキーワードに、ウェブ社会についてさまざまなことが学びとれるので非常におすすめです。