前編「亀松太郎さんが注目する2つのウェブメディアとは」に引き続き、後編では亀松さんの業界観を語っていただきました。

「5年で記者・編集者独立の時代はくる」か

大熊 実は僕もバイトとして関わるんですが、先月(5月)、東洋経済オンラインの佐々木紀彦さんが「NewsPicks」に移籍されるというのがニュースになりました。人材移動の少なかったメディア業界がいよいよ変わるんだ!という人もいますが、亀松さんは15年も前に朝日新聞の記者職を辞められて、紆余曲折あって今はウェブメディアの編集者をなさっています。その時と比べて、時代は変わりましたか。

亀松 僕の場合は、何か志があって辞めたわけではなく、実際朝日を離職後しばらくニートをしていましたからね(笑) 同期で辞めた人も何人かいて、弁護士目指すなり大学院に進学するなり、国連職員になった人もいました。改めて夢を目指しなおしていった感じですね。
5年後、メディア独立の時代は来るか!?と騒がれていますが、周囲を見ていると、40代でネットのメディアに行ってやろうという人は多くないですね。個人的にもおすすめしません。

大熊 なるほど。それは新聞社の人の側の心境かなと思いますが、実際に亀松さんも「弁護士ドットコムトピックス」というネットメディアを運営している身としては、紙の記者・編集者ってほしいんですか?かなり勝手が違うかなと思うんですが。

亀松 ウェブメディア側としては可能であればそりゃ呼びたいです。一流の記者・編集者が持っている人脈や、編集力・文章能力はやはり重宝します。ただ仰るとおり紙の常識に縛られていると限界もあるので、柔軟性や適応力は必要です。
僕も最初の3年間朝日にいただけなんですが、なんだかんだで紙の常識に縛られているところがあると感じます。そういった意味では、最初に紙メディアにいくべきか、ウェブメディアにいくべきか、なかなか難しいところですね。
貴社独立
(「記者独立の時代、5年で来る」佐々木紀彦編集長に聞く - 朝日新聞デジタル(5月8日)よりキャプチャ)

大熊 なるほど、それではずばり、「5年で記者独立の時代はくる」と思いますか?

亀松 僕のFacebookでも指摘したんですけど、記者ではなく編集者に独立の時代が来ますね。記者のほうはウェブの世界ですでに飽和状態です。
    いっぽう編集力というのは要はコンテンツを企画する力、人を引っ張ってきてコーディネートする力、集めた人をマネジメントする力から構成され、需要はとても高い。まさしく佐々木紀彦さんは大きな視野と編集力を持った方ですから、大熊さんが記事に書かれたように、移籍は自然だなと思いました。

佐々木紀彦氏のNewsPicks移籍は必然だったのか

新聞社もお互い様なところがある

大熊 佐々木さんがよく仰っているのは、これまでネットはコンテンツを創らず集めるだけで、流通を握ることに特化してきた。それじゃだめなんだ、きちんとしたコンテンツを創りそこに対価が払われる仕組みを作らなければいけないということです。これはドワンゴの会長である川上さんも同様のことを言ってて、「ニコニコ動画」で実践しているのだと思います。ニコニコ動画にも関わられた亀松さんから見て、その動きをどう思いますか?

亀松 各論はともかく、総論としては「そりゃそうだ」っていう流れだと思いますよ。やっぱりコンテンツを創っているところが偉いのだ、と。ただ、彼らは実際にネットでコンテンツを創っている側にいるからそういうことを言うのだという、ある種のポジショントークという側面もあることは否めないはずです。

大熊 というと?

亀松 ユーザーの視点に立てば、コンテンツを自前で作っているのか、ほかから集めてきているのかは、あまり重要ではない。さっき紹介した「市況かぶ」も、自分で大雪の現場を取材したのではなく、Tweetをまとめているだけですが、あれはあれで面白いわけです。まとめコンテンツも、ユーザーを満足させられているのであれば、その意義は否定できないと思います。

大熊 Twitterまとめならまだよくても、せっかくコストかけてコンテンツを創った新聞記事などがパクられるから、マスメディアは怒るんだと思いますが。

亀松 しかし実は、新聞記者も、ほとんどの場合は取材対象にお金を払って取材しているわけではないんですよ。だから、ネットに無料で転載されているのに対して怒るのも、考えてみれば変な話です。自分はただで情報を入手しているわけですから。
 
また、新聞記事が無断転載されると、著作権法違反だからけしからんと言われますが、そもそも著作権法で保護されるのは、小説や評論に代表される創作性の豊かな「表現」であって、単なる「情報」は保護されないんですね。実際、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、著作物に該当しない」と、著作権法に書かれています。
 
判例では一応、新聞記事も記者が表現を工夫しているから著作物にあたりうるとされていますが、多くの新聞記事の価値は「表現」にあるのではなくて、「情報」それ自体にあるわけです。
そう考えると、文章表現の創作性が乏しい新聞記事が、著作権法で保護されるべきなのかは、かなり微妙だなという気もしてきます。

僕が朝日新聞を辞めた理由の一つは、毎日やることが単調で変わらないなと思ったからです。そのときは、新聞記事を書くのは「大学入試の穴埋め問題」を解くみたいなものだと感じていました。記事を入れるフォーマットが決まっていて、そこの穴をひたすら埋めていく作業だな、と。それが「表現」といえるのかどうか……。

大熊 著作権の問題についてはそこまで調べたことがなかったので、初めて聞いてとても面白いなと思いました。 

亀松 いっぽうで今は新聞社もだいぶ変わってきていて面白そうだとも思います。 
    もちろん、生活がかかっている仕事だから、当人たちは大変でしょうけどね。

ジャーナリストは「所有」されるべき!?

大熊 新聞記者は今は給料もらいすぎ、でもこれから落ちていくだろうという話がありますよね。

亀松 だから、ジャーナリストこそお金持ちの人と婚活するべきですね。「オウンドメディア」ならぬ「オウンドジャーナリスト」みたいな。お金を気にしないで活動に打ちこめるなら無敵です。

大熊 その発想はなかったです(笑) 

亀松 「所有はされているけど編集権は渡さない」みたいなね(笑)冗談抜きに、独立してやっていく人はパトロンを見つけることが重要でしょうね。そのためには個性を確立する必要があります。

大熊 芸術家のようですね。一定の知名度があれば、特定のテーマについて調べると宣言し、クラウドファンディングで資金を集めたりできますね。実際、アメリカのクラウドファンディングサイト「Kickstarter」にはジャーナリズムの欄ができました。
キックスタータ
亀松 お金を出してもらう代わりに、取材で質問する内容の受付とかをするといいかもしれません。個々のメディア単体では稼ぐのが難しいといわれているネットのジャーナリズムですが、そうやって皆でマネタイズの方法を考えながら、新しい形を作っていくんだという意識は大切だと思います。

(了)

ユーモアを交えて、独特の視点でウェブメディア業界を語っていただいた、非常に面白いインタビューとなりました。