先月一周年を迎えたハフィントンポスト日本版。順調にユーザ数を伸ばし、健全なリベラルを伝えていく独自の地位を築くのに成功しているように見えます。
松浦編集長に、ハフポスト日本版の未来と彼自身の未来について語っていただきました。松浦さん

もっとライフスタイル系を充実させていく

大熊 月間のユニークユーザが1000万を突破するなど、順調に伸びていますね。1年やってまだまだやれてないと思ったこと、次の1年でやっていきたいことを教えてください。

松浦  まず、この1年間やってきたこと自体に満足していますね。細かくいえばやれてないこともそれなりにありますが。そして次の1年ですが、これまで子育てや働き方の記事は特に読者に興味をもってもらえましたから、今後さらにライフスタイル系を増やしたいと考えています。

大熊 団塊ジュニア世代というターゲット層にうまくリーチできていますよね。しかし何となくハフポスト日本版は、その層に限らず広く「ネット発のマスメディアだ」「新しいメディアだ」と期待されている部分もあると思うんです。
今後、もっと読者の対象を広げていく予定はありますか?

松浦 もちろん、コアとなる読者層は団塊ジュニアですが、じゃあ他は一切無視するといったゼロイチで語れる話ではありません。


著作権の問題やTPPの参加是非についてもハフポスト日本版では扱ってきましたが、これらの記事は共通弁として幅広い世代に読まれました。
どういうコンテンツを出していくかは、さらに双方向にユーザの声を聞きながら届けていきたいと考えています。

大熊 ユーザの声はどのようにして聞いていますか?記事へのコメントが掲載前に検閲されるやり方については、賛否両論ありますが……
コメント
(塩村議員へのヤジに関する記事へのコメント欄)

松浦 コメント欄で読者の声が閉じているのではなく、意見発信の場としていきたいという考えを持っています。ですから、単にネガティブであったり、他者をあらがう意見は載せていません。我々はこれを空間編集と言ってます。
意見発信といってもコメントに限らず、facebookでいいねを押してもらう、そのことで記事がもう一人の読者に拡散されているという形もあります。
そんな風に「読者がもう一人の読者を連れてくること」をやっていきたいです。

データ分析はある種「文学的」

大熊 ハフポスト日本版では、どこのどんな人に伝わったのかなどのデータ分析が盛んだと聞きます。しかし編集部には、出版社出身の方だったり、データ分析のプロではない方も多くいらっしゃると思います。どうやってデータを活用しているんですか?

松浦 大事なのは「何故この記事は1万PVほどウケたんだ?」といった仮説を立てることで、それを主観だけではなくデータを用いてやるだけです。意外な指標に着目して「このポイントが響いたんだ」などとストーリーを導くことは実はある種文学的な要素も必要だと思っています。

大熊 松浦さんご自身は、前職のライブドアやグリーといったIT企業での経験が活きていますか?

松浦   仮説の立て方ではそうですね。いかに客観的になるか。もう1人の自分に見つめさせるようにしています。「なんでこの記事が読まれないんだ?」っていつまでも言っているようではダメですね。

大熊 ハフポスト日本版には個人ブロガーのみならず、新聞社の方も寄稿されています。しかし新聞記者も最初はウェブの作法に対応できず、書いた記事が全然読まれないこともあると聞きました。そこから対応できる人、できない人の違いは何ですか?

松浦   ウェブと紙では、ソフトボールと野球ぐらい、似ているけどルールが違うところもあります。そうした微妙な変化に対応できるかですね。今はメディア全体が変わっている最中でもありますし。

松浦さんは「戦略家」ではなく「戦術家」

大熊 メディア全体の変化を、ハフポスト日本版が担っていく部分も大きそうですね。松浦さん個人の目標は何かと以前お伺いした時に、「よりたくさん人を楽しませることだ」と仰っていました。それは量においてですか?質ですか?

松浦 楽しませ方は色々あり得ます。
重要だと考える事件をレポートする記事の場合、PVとかは二の次で、深く刺さるかどうかが重要です。その逆で、とにかくより多くの人の目に触れることが目的の記事もあります。
私は戦略を立てるというよりも、それぞれの記事について最適な受け止められ方は何かなど、戦術を考え実行するのが得意です。

「適切な戦略は、高度な戦術を不要にする 」の事例

戦略家というのは、例えばLINE社の田端信太郎さんのように「メディア・メーカーの時代だ!」と大きな構想をぶちあげられる人を指します。


「日経を倒す!」と気炎を上げていた東洋経済オンラインの佐々木紀彦さんなんかもそうですね。


一方の私は戦術家で、「どこを攻めるべきか」決まれば、「あの手を使おう、この手も使える」と最大限うまくいくようにして結果を出すのが本分です。

ハフポのこれからの戦術とは

大熊 なるほど!確かに松浦さんは、例に挙げられたお二方とは異質だなあと思っていたんですが(笑)、ものすごく腑に落ちる説明でした。それでは、ハフポスト日本版というメディアが独自に使っている戦術とは何でしょうか?

松浦 「ブランディング」、「ソーシャルの活用」、そして「外から人を呼んでこられる仕組みづくり」の3つだけです。これを組み合わせてひたすらやっていくのみですね。しかも独自ではなく、どこのウェブメディアでも考えられていることです。味付けの差でしかないです。


中でも難しいのはブランディングです。やはりポジティブな空間を作っていきたいと考えていますが、ネットの世界でそれは簡単ではないです。仮に戦術を決める時点で、炎上もありだと決めてしまえばそれはそれでありで、ずっと燃え続けてるキャンプファイヤーならきっと読者も楽しいですよね。でもハフポスト日本版で炎上させる気は今もありません。ブランディング上、その策を取ることを良しとしていません。

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大熊 やっぱりネット右翼とか、炎上が渦巻いている中で、リベラルな雰囲気を作っているハフポスト日本版の存在意義はとても大きいと思います。それでは最後に、松浦さんご自身への質問です。松浦さんは最初は人工衛星のエンジニアを務められ、その後8度も職場を移ってます。「BLOGOS」や「WIRED.jp」などメディアの立ち上げ・運営にも多数関わってらっしゃいますが、これまでとハフポスト日本版で決定的に違うことってありますか?

松浦 ハフポスト日本版にはグローバルで共通化されたCMSなど強い仕組みがそもそもあります。ある意味、各国で戦って勝ってきた最新鋭の「ガンダム」をぽんと渡されて、これを操縦して日本のメディアという戦場で戦ってみろというような話です。ガンダムだから出来ることは多いけれど、逆に乗りこなすのは難しい部分もあり、とはいえガンダムなのに撃沈されてしまったら恥ずかしいですよね。そうした「乗りこなす楽しみ」は今までにないものです。

巧みな戦術家・松浦茂樹編集長のもとで、ハフポスト日本版はリベラルなネットメディアとして着実に成長しています。今後その社会的影響力も更に増してくるでしょう。これからも目が離せないメディアです。
(了)