ネット活用が先進的な新聞社

朝日新聞社は、ウェブへの取り組みが先進的です。MITメディアラボとシンポジウムを開いたり、日本で初めてデータジャーナリズムハッカソンを開いたり。ハフィントンポストと提携し日本版を作ったのも朝日新聞社です。
そしてデジタル版では、7万以上のいいね!を集めたコンテンツ「ラストダンス」を作ったり、企業・研究室と提携してデータジャーナリズムを体現する「ビリオメディア」などに取り組んでいます。
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先日は大スクープである「吉田調書」を紙に先駆けてデジタル版で公開する手法も話題を呼びました。

デジタル編集部奥山晶二郎記者に、これまでの戦略とこれからの展望、すなわち大手メディアのウェブにおける挑戦を語っていただきました。

有料版に挑戦

大熊 まずは奥山さん自身のことについてお伺いします。初めは紙の記者からのスタートだったと思いますが、デジタルに移ってきてどのぐらい経ちますか?そして、その間に起きた一番大きな変化は何でしたか?

奥山 デジタル編集部に来て7年目になります。中でも一番変わったことは2011年に有料化に踏み切ったことです。

デジタルコンテンツへの本格的な課金は、全国紙の中ではうちと日経以外はしていませんでした

大熊 有料課金が成功した事例では、海外では経済系やNYTimesなどのエリート系が挙げられます。全国に数百万人の購読者を持つ朝日新聞でもやろう、やれるのだと思った背景を教えてください。

奥山 有料化するかどうかをめぐっては、様々な議論がありました。結局「挑戦しよう」となったのにもいくつか理由がありますが、「紙に頼ってきたけれど、その紙の読者が減っている中でデジタル版にも対応せねば」という思いから決まったのだと思います

「ラストダンス」ヒットに至るまで

大熊 朝日新聞デジタル版では、紙と同じ記事も多い中、爆発的にバズった「ラストダンス」など、ウェブならではのコンテンツも出てきています。これはピューリッツアー賞を受賞したNYTimesの「Snow Fall]」のオマージュだと思いますが、こうしたコンテンツの制作にはいつごろから取り組んでいたのでしょう?

奥山 実はプロトタイプはすでにいくつか出していました。「瀬戸内国際芸術祭2013」という作品のほうが先で、こちらのほうが内容としては濃厚です。やってみて学んで、むしろ必要な部分以外をそぎ落としてできたのが「ラストダンス」です。
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大熊 それでは今回のヒットは、ある種予想されていたのでしょうか?

奥山  ヒットするように、タイミングは意識していました。質を伴って、オリンピックの試合当日の夜に公表が間に合うように作ったという意味でのタイミングです。これは他のウェブメディアにはできないことではないでしょうか。

大熊 なるほど。今後やりたいことはありますか?

奥山 私が取り組んでいる「ビリオメディア」がやはり面白いですね。これは研究室、企業と一緒になってデータから震災を読み解いたりします。ウェブだと、Twitter分析などで研究室の得意技が発揮しやすいんです。

テクノロジーを活用する企業とはライバル関係でもありますが、お互いの長所をいかす提携の可能性は広くあると考えています。例えば、スマートニュースに読売新聞社がオリンピックのニュースを提供しました。

朝日も同じことをやるかは分かりませんが、一つの戦略としてはアリですよね。

ネットでの批判、傾聴すべきポイントも

大熊 新聞社がネットで出来ることについて、少し理解できた気がします。しかし正直な話、ネットでは朝日新聞社って執拗にたたかれますよね。炎上することもあります。

奥山 ケースバイケースですが、読者の声として耳を傾けるべき時もあります。
朝日新聞社では記者のTwitterアカウントを全て認証して、利用を推奨しています。

これの是非をめぐっても議論がありました。リスクも当然ありますから。

結局、やらないよりやったほうがいいんじゃないか、ということで「個人のメディアを、組織の名前を使ってやる」という形が実現しました。
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大熊 結果としてやってよかったと思いますか? 

 

奥山 紙面以外に、ユーザーにダイレクトに繋がれるチャンネルを1個持っているということは意義深いです。これが攻撃の対象になる原因でもありますが。

Twitterを通じて記者に提案がなされ、企画が実現することもしょっちゅうです。



新聞社とIT企業の違うところ

大熊 話は変わりますが、奥山さんは、新興のネットメディアの方々と関わることも多いかと思います。どこが新聞社のカルチャーと違うと思いましたか?
 

奥山 やはりスピード感です。"今やっているサービスがずっと続く前提でやっているか、そうでないか"の違いがあります。例えばLINEって今誰もが使っていますが、これよりいいものが出てきて来年なくなっているかもしれないですよね。私たちは真逆の世界にいて、永劫に自分たちの出しているサービスが続くと考えるところから始まっています。だから辞め方を知らないので、身動きはとても鈍くなります。
しかしユーザーの感覚に沿うものとしての正解はネットだと思います。

大熊 ネットサービスは数字ばかり追っている、という批判が考えられます。ジャーナリズム的な理念が蔑ろにされる可能性についてはどう考えますか?

奥山 KPIを何に設定するかの違いだと思います。ニュースアプリにしても、「世の中をこうしたい、こう伝えたい」という何かしらの理想に基づいて生まれています。その点では私たちと同じで、新聞社のジャーナリズムが偉い、みたいな発想は個人的には間違っていると思います。ただ私たちにしかできないことがあるのも事実で、ライツ(著作権)関係についてのノウハウは、ネットの人たちにはない強みです。お互いの強みが共有できれば、と思います。

「新聞社にしかできないこと」決めるべきときがくる

私はよく野菜にたとえて話すのですが、有機栽培してて、それをそのまま売ってたのが従来の新聞です。

でも、したごしらえや冷凍保存したものも必要というニーズが出てきて、それを満たす業者が現れました。うちも有機野菜を買ってもらう、認めてもらうには味つけを変えたり、メニューを変える必要があります。

 

ここで大事なのは、自分たちしかできないことを把握することです。ITサービスは目標が絞り込まれていて明確で、それがユーザーにとって良いように働いていますから。我々もリソースの集中は必要で、いずれ決めざるを得なくなります。
震災が起きてでも全国にニュースを届ける力、というのも1つの正解でしょう。社内に印刷の工場があるぐらい、うちは"製造業"の会社ですから。IT企業にはなれません。
外部からウェブに強い編集長を呼んで来たら社内がガラッと変わるという話でもありません。現場を動かすのはやはり違います。

大熊 「いずれ決めざるを得なくなる」とのことですが、そのリミットはいつになる、もしくはどういったタイミングで来ると思いますか?

奥山  もろもろ考えられますが、分かりやすいのは景気の悪化です。戸口に毎日届く新聞はインフラと化していますが、電気・ガス・水道よりは優先度低いので、切りつめられるかもしれません。また、今新聞を購読している5060代が定年を迎えライフスタイルが変化したときに、要らなくなると言う可能性もあります。
今流行っているスマートニュースなど、アプリの普及で新聞社の売上が大幅に変わることはあまりないでしょう。現在のメインの購読者層である中高年は、アプリを使いませんから。これもまた、新聞社がデジタルに大きく舵をとれないジレンマの一因でもあります。 


大熊 最後に、奥山さんが、朝日新聞社のデジタル編集部に居続ける魅力についてお伺いします。

奥山 確実に変わっていく業界の、真っただ中で実際に面白い変化を体験できる、それが楽しいです。