徳島新聞出身で現在は法政大学でメディア社会学を教えている藤代准教授がMITメディアラボ×朝日新聞シンポジウムに関する記事を書き、700以上の「いいね!」を集めて反響を呼んでいます。

要約すると、①既存メディアにおける待遇(給与・地位)がウェブよりも良い (供給がない) 
ことと、②ウェブで必要なスキルを既存メディアの人材が持っていない (需要されない)
ことから、大手マスコミからの人材移動は起きない、という意見です。

全国紙出身で今は独立されている新田哲史さんも新聞社から脱藩起業は出てくるのか で同様の2つのボトルネックを取り上げていますが、新田さんは「時代が変わってきた」とも述べ、「VCがメディアのスタートアップに投資する流れが出来るかどうか」にかかっているとします。

実際に新聞社から独立された経験を持つ2人ならではの、実感の伴った率直な意見でしょう。

一方、シンポジウムに先立って公開された「記者独立の時代、5年で来る」佐々木紀彦編集長に聞く という記事を書いた朝日新聞社の古田記者は、
と、独立の流れが来ることに(社ではなく、個人の意見として)肯定的です。
これは新田さんの言葉を借りれば、果たして「若い記者たちが自分自身に言い聞かせているような複雑な心情」にすぎないのでしょうか。

以下、これまで自分が調べて、取材して得た考えから、人材移動についての仮説を書いていきます。

供給側の問題は「ウェブでちゃんと稼げるか」

①既存メディアにおける待遇(給与・地位)がウェブよりも良いという
供給側の問題
について:これは「メディア」の種類により事情が異なります。

(1)新聞社(2)テレビ局(3)出版社 の3つに大きく分けて考えましょう。
(1)はこの3分類の中でも相性が悪いほうです。大手新聞社の多くはまだまだ稼いでいて給料も高く、無借金経営で安定しています。
アメリカでは体力の乏しい地方紙からばたばたと倒れていき人材が押し出されましたが、日本では地方紙も強いです。圧倒的な知名度と宅配のシステムを持ち、ローカルなニュースや読者自身を取り上げたニュースはウェブに代替されにくいのです。ホリエモンも地方紙を評価しています。

(2)テレビ局から人材供給が起きる可能性は今のところ最悪です。最も高給であり、まだ動画コンテンツを活かせるネットメディアも少ないからです。ただし全国放送であるが故の細かい倫理規則というのが縛りになっているので、「ネットで自由にやりたい」のニーズをくみ取って、後述するバイラルメディアのCuRAZYはテレビ局の人材を獲得しようとしています。

(3)出版社は、人材移動の条件が最も揃っています。雑誌の市場規模の減少はアメリカの新聞社のそれと近いほど激しいし、ウェブで雑誌的なコンテンツはやりやすいです。(それがネットに代替されている理由でもありますが。)ピースオブケークの加藤さん、コルクの佐渡島さんと実際に独立起業で注目を集める人が出てきています。

しかし僕の記事からの引用ですが、佐々木俊尚氏に聞く『メディア業界のイノベーション』で、佐々木俊尚氏は

人材の流動性はそれほど問題ではなく、やはりネットメディアで稼ぐモデルが確立されていないことがポイント。ネットで稼げないなら、雑誌が苦しくなってやめてもネットでやろうとはならない。

と仰っていました。その通りだと思います。

「少数のスター」のみ需要される

次に②ウェブで必要なスキルを既存メディアの人材が持っていないという需要側の問題ですが、結論から言うと一流の人材に限って需要はあると思います。
「経済」分野のニュースアプリでプラットフォーマーになりつつあるNewsPicksの次の狙いはオリジナルコンテンツです。梅田社長は「日本一の企画力をつけるつもりだ」「既存メディアはコンテンツを創る力はめちゃめちゃ優れている」と語っており、敏腕編集長をがんばって引っ張ってきたいと明言しています。
「笑い」分野でバイラルメディアのトップを目指し、「日本のバズフィード」の座を狙うCuRAZYも、テレビ局から人材を引っ張ってこようとしています。ウェブで新しいことをするプレーヤーはテクノロジーを使いこなし、うまいポジショニングをとるところまでは出来ても、やはりコンテンツを創るノウハウは持っておらず、既存メディアの人材を求めます。

しかし、佐々木紀彦氏が言うような、「一流の人だけでなく、準一流な人も出るような雰囲気や合理性がでてきたとき、雪崩をうつ」という形での大変動は起こらないのではないでしょうか。

何故なら、ネットの本質は「スターへの集中」だからです。MOOCという無料でオンライン教育が受けれるサービスにMITが参加した事例を調べましたが、これによってスター講師に受講生の人気が集中し圧倒的な講師間の格差が生まれたたのだとか。


更に、あらゆるITビジネスでいわれていることですが、ごく少数のチームで、大量の売上を上げられるようになっています。メディアも例外でないどころか、よりその性質が鮮明になるのではと思います。

なので、需要をするウェブメディア側からみた業界の変化は「少数のスター人材の移動」になります。これは日本より5年から10年進んでいると言われている激動のアメリカでだってそうです。
供給する大手メディアから見ると、新聞・テレビの場合は今を上回る高待遇を与えるか、大きすぎるがゆえにできないことを提示する必要があります。出版においても「新しい稼ぎ」の見通しがなければウェブに人は流れません。

人材移動活性化するのは「メディアへの投資家」

ここで、新田さんが触れられていた「VCからメディアへの投資」の有無が決定的に重要になります。
スター級の記者・編集者に年間数千万円払って引っ張ってこられるようにすること、彼らがガンガンお金をかけて新しいことに挑戦できるようにすることのために資金が必要なのです。
津田大介さんもエンタメメディア「ナタリー」を設立後3年間は赤字で回していましたが、こういうことが出来るのは資金あってのことです。
メディアへの投資は、先日お会いしたプロブロガーのイケダハヤトさんも始めたいと言っていましたし、今回再三とりあげたCuRAZYもVCから出資を受けています。この中身のそれなりの割合が、人件費に割かれているとのことで、ちゃんと人材を取ってきて大きいことをやれます。
ハフポ日本版も朝日新聞が出資して、もちろん具体的な年収は分かりませんが、松浦編集長はじめそれなり以上に支払われているかと思います。
 
当然、メディアビジネスに正解はないので、資金が入ったからといってどこもかしこも成功するわけではありませんが、現状津田大介さんなどごく少数しかできていないトライ&エラーを日本の業界全体で活発に行う状況が出てくれば、「メディアの新しい稼ぎ方」がその中から生まれてくるのではないでしょうか。

ウェブ→既存メディアの問題は、カルチャーの違い 

逆はどうでしょうか。

田端信太郎と考えるメディアの未来(上)という記事にもあるように、文化の壁が一番大きいかと思います。先日、朝日新聞デジタル編集部の奥山記者に取材しましたが、デジタルに強くなろうといっていきなり外からウェブに強い編集者を呼んできても、カルチャーが違いすぎればやはり現場は動けないと仰っていました。現場にまでカルチャーの変化が浸透するのには時間がかかるのではないでしょうか。また、既存メディア側が既に確立してきたブランドを下手にいじれないという問題もあります。「ネイティブアドが儲かる、やってみたい」と考えても全国紙では書けないでしょうし、「メディアのプラットフォームを目指すべき」と確信している出版社の人がいても、出版社のオンライン版という元々の立ち位置では目指しにくいです。
そうした場合はやはり新しいものをゼロから作った方がよい、となりえます。


長くなりましたが、結論は、「人材移動は少数のスター級で起こる、メディア投資家が頑張ればその流れは加速化する」です。


追記
5年後、ウェブへの記者「大移動」は起きない。それは既存メディアの願望である - ガ島通信
を書いた藤代准教授から、この記事について直接意見をいただけました。
そもそもスターとはだれか、スター不在では、という問いも確かにたてるべきです。。。