9月1日、日本経済新聞社が経済ニュースアプリ「Niid」を発表、サービスを開始しました。
NIID
(アプリ紹介ページよりキャプチャ)
日経産業新聞や日経MJなど、日経の有料媒体を自社の編集者がカテゴリごとにキュレーションしてきて解説するアプリとなっています。経営・顧客・グローバルに加えて英語力UPという4つの視点からカテゴリ分けされています。

今回の記事では「日本経済新聞社がなぜこうしたアプリを出すのか?」という背景を解説していきます。

日経とNYタイムズは似た境遇

実は、今回の日経「Niid」とコンセプトが近しいアプリを、NYタイムズがやっています。
その名も「NYT Now」。
今春に始まったサービスで、自社の編集者がニュースをセレクトし、要点を絞ってビジュアル的にも分かりやすく伝えてくれます。

日経新聞とNYタイムズは、幾つかの点で置かれている立場が似ています。

まず第1に、前者が「ビジネスマン」、後者が「エリート層」向けにターゲティングされている点。読者の平均年収は高く、高度な政治経済のニュースはきちんとお金を払ってでも読みたいと考えている層です。

第2に、日本経済新聞社は他の全国紙のように豊富な不動産を有しておらず、その収入に頼れないという点でもNYタイムズに近しいです。それが故に何がなんでもメディア事業を成長させねばならないというインセンティブが強く、電子版の課金モデルが先進的です。

おかげで、2紙とも電子版の有料会員数で日経が30万超、NYタイムズが80万超と伸びています。
対象読者層が全国民である他の日本の全国紙がこの段階で苦戦しているのとは対照的です。

しかし、そうした電子版の伸びだけで紙媒体の収入落ち込みを補えていない点でも2社は同じだと言えます。日経で10%未満、NYタイムズで約2025%というのが、全体に占めるデジタルの収入(課金・広告)の割合です。

今後も購読者数は伸び続けるにしても、今の電子版だけで会社を支えるのは難しいという認識はあるのでしょう。

そこで、現在きているスマホ普及のトレンドに合わせて新たな読者を開拓しよう、というのが「NYT Now」であり「Niid」なのです。

両媒体とも、持っているコンテンツの豊富さではズバ抜けていますが、あまりに豊富であるが故に毎日全部読み通すのは至難のワザ。そこで記事数をあえて絞ってスマホユーザー向けのコンテンツとして出すことで、既存の読者へのフレンドリーさを保ちつつ、これまで訴求してこなかったよりライトな層(若手ビジネスマンや学生?)への浸透を図っていけます。

NYT Nowは料金も電子版の購読(月15ドル)の約半額である8ドルとお手ごろ。Niidもこの辺りをベンチマークにするのではないでしょうか。

「社会人の常識だから日経読んどけ」といわれてももう紙の新聞には抵抗がある、そもそも長すぎて嫌だというビジネスマンに向けて「とりあえずこんだけはスマホで読んどけばいいよ」と教えてくれるアプリを出すというのは便利です。僕も使います(Android版のリリースが待ち遠しいです)。

「Niid」の抱える課題

iPhoneユーザーの友人にDLしてもらって使ってみた感想です。
指摘は2点あって、まず1点目に、最短で1日以上経過した記事しかNiidには配信されないという点。もちろん第2報とその解説が読めるだけにいいのですが、この領域では、最近編集長が代わって方針転換してきた「東洋経済オンライン」がべらぼうに強いです。それにスマホの良さは即時性と手軽さなので、サッと読める速報が得られた方が価値は高いのではないでしょうか。

2点目は、日経関係の記事しか読めない、閉じた世界観になっている点。NYT Nowでは「Our Picks」というカテゴリが設けられており、NYタイムズの編集者が選んだ他社の記事まで読めるようになっています。

これら2点の実現が難しいのは、既存の紙・電子版とカニバリゼーションを起こさないようにするためであったり既存ブランドを守るためだと考えられますが、もし踏み込んだものに出来れば更に良いサービスになると思います。

今後の戦略は?「下」ではなく「上」をとりにいくべき

今回たくさん引き合いに出してきたNYタイムズは、とにかく新規事業を打ちまくっています。
オピニオンに特化したアプリ「NYT Opinion」や、料理レシピサイト「NYT Cooking」を始めた他、更に短めの新聞を検討中 とのことです。
NYT
(作成:大熊)
ざっくりとした図にしてみましたが、高単価・少数の「エリートビジネスマン」というトップレイヤーを重厚なコンテンツによって既に押さえているNYタイムズは、より軽めのアプリやサイトを作っていき、低単価・多数のユーザー獲得を図っていく道中にあると考えられます。
日経もそれに倣うとすれば、たとえばNYT Cookingの代わりに日経ヘルスのコンテンツを使った美容アプリやサイトなんかが考えられますね。

しかし、下部のレイヤーというのは実はレッドオーシャンです。日本の状況で言えばニュースアプリが乱立し、まとめサイトも未だに強く、それらもソシャゲとすきま時間を奪い合っています。そんな戦場から、日経が低単価でペイするほど大量のユーザーを獲得するというのは非常に厳しいように見えます。

ではどうすればいいか?実は魅力的かつ日経にしか今のところ手が出せないような市場は上部のレイヤーにあります。
上の図をもう一度見てほしいのですが、あえてNYタイムズの下に日経を配置しています。
300万人の読者を抱える「世界最大級の経済紙」である日経新聞は、トップレイヤーに最適化された媒体ではないと言いたいのです。

一般化が意識されすぎて逆に分かりづらい、踏み込んだ高質な記事が少ない等の側面も持つ日経新聞に対して、「本当は読みたくないけど皆が読んでいるから読まざるを得ない」と不満を抱えている最先端ビジネスマンは確実に存在するのではないでしょうか。
そんな彼らは、英語も読める人が多いため「NYタイムズ」「ウォールストリートジャーナル」「フィナンシャルタイムズ」等海外のクオリティペーパーを読んでいるのだと考えられます。
それらの媒体と手を結びつつ、新規事業として日経ブランドと取材力を活かしたクオリティ・ペーパーを創るという発想があってもいいと思います。
読者は母数が少ないながらも収入も高いと考えられる層なので、高単価を課すことは可能です。

既にトップレイヤーを押さえているNYタイムズも「Times Premier」なるサービスを開始し、NYタイムズ内部の情報を届けてくれたりイベントに優先招待する付加価値をつけて、既存の電子版より高い月45ドルのモデルに挑戦しています。
上部の余地が大きい日本で、日経がやればより効果的なはずです。

ということで、キュレーションアプリについて語っていたはずですが、結論としては「より高質な日本の経済紙を、日経がつくるべき」となりました。その時の媒体は、スマホやPCになるはずですが。

次回は、トップレイヤーも既に取りつくしているNYタイムズの今後の活路は海外にあり、という記事を書きます。日経にもまた関係してくる話になります。


<参考文献 >

NYタイムズの有料会員数は約80万人、日経は35万人、朝日は16万人 - メディアの輪郭

ペイウォールの“次”/NYTの模索から -進撃のデジタルメディア

NYTが新たに2つの料金モデルを開始 - News of News

NYタイムズ、料理レシピサイト「NYT Cooking」を立ち上げ - メディアの輪郭

NYTが短めの新聞を検討中 -News of News

New York Times’ Digital Subscription Growth Story May Be Ending - Re/code