メディア・クエスター

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2014年08月

米国ではオンライン動画配信サービスのNetflixが台頭し、Amazonも自前の番組制作部門を設立。ネット企業の勢いがテレビビジネスの構造を変えつつあります。

一方日本でも、日テレが動画配信サービス
Huluを買収したニュースが記憶に新しいです。転換期を迎えたテレビビジネスはどうなっていくのでしょうか。

某テレビ局で報道、バラエティ、情報番組から様々な放送外事業を担当した経験を持ち、現在はテレビ関連企業の社長を務めながら、メディア論ブログ「あやぶろ」( http://ayablog.com/ )を運営する氏家夏彦氏に「テレビの未来」を聞きました。
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話し手=氏家夏彦氏(以下、氏家と表記)

聞き手=大熊将八(以下、大熊と表記)

地上波以外のビジネスモデルを築けるか

氏家 まず、テレビの放送が全部ネットに置き換わる、つまり電波を使わず全て通信でやるといった意味での「ビジネスモデルの変化」は、少なくともこの先20年はありませんよ。ネットとテレビ放送を比べたらリーチ力が2けた違います。ネットで一番人を集めるニコニコ生放送でも、同時視聴で非常に多くて10万人単位の規模でしょう。通常では人気コンテンツで数千人から数万人、それだとテレビの視聴率でいえば0.1%以下の「」と表記されるレベルです。何よりもまず、ネットで同時視聴数千万人という現象を実現しようにも、回線がもちません。

しかしビジネスモデルが崩壊することはなくても、何もせず放っておいたらじわじわと視聴率は落ち、今は下げ止まっている広告収入も、いずれ減っていくでしょう。どうやったら成長するか?が企業としての課題なのに、このままでは地上波にはこれ以上期待できない、成長の道筋が見えていないというのがテレビ局経営の現状です。

大熊 それでは、どういったところに今後の成長のチャンスがあるんでしょうか?

氏家 これまでの番組は決まった時間にテレビ画面に流れるだけでしたが、これからはいつでもどこでも観られるということが大事です。インターネットの特性である「いつでも・どこでも」というユビキタス性を取り込むのです。各局そのことは理解していて見逃し視聴サービスを始めていますが、足並みがそろっていません。例えばTBSは有料課金モデルで提供していますし、日テレはサービスを無料提供し動画広告でマネタイズする試みをスタートしています。

けれど、例えばiTunesは一つのプラットフォームにあらゆる曲が集められたことに価値があり、ユーザーを集めました。これが各レーベル毎にバラバラのプラットフォームで展開したら、あんなにうまくはいかなかったでしょう。テレビも同様に、各局が足並みをそろえて同じプラットフォーム上でテレビ番組表のように一覧でき、そこからクリック一つで視聴できるパッケージとして売り出さなければ、ユーザーにとって非常に使いにくく価値の低いものとなります。

もう1つ大切なポイントは、見逃し視聴はネット経由の視聴に限定し、視聴できるデバイスはスマホやタブレット、PCに限定することです。テレビで見られるようにすると、最も重要な放送のリアルタイム視聴を侵食してしまうからです。 むしろ地上波での視聴を促進するような見逃しサービスを実現する必要があり、そこでネットをフル活用しようという話になってきます。

キー局初のコラボ「ハミテレ」

大熊 そこまで見えていて実現していないということは、テレビ局はコラボレーションが苦手なんでしょうか?

氏家 オリンピックやワールドカップといった、一社では持ちきれないほど大型のコンテンツを除いたら、未だかつて、キー局が協力して一つの事業をしたことなんてないんですよ。各局が対抗意識を持って、どうやって相手を出し抜いて視聴率を稼ぐかというシェア争いばかりを考えてきましたから。

しかし流石に最近では危機意識を共有できるようにはなってきました。

その好例として生まれたのが「ハミテレ」という番組情報サービスです。これはスマホ・アプリなんですが、NHKも含め在京キー局が全て集まって作ったもので、話題になっているテレビ番組情報を教えてくれます。

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とにかく各局の利害が反映されないことを念頭において、中立なアルゴリズムを組み、ネットから情報をとってきています。開発に際してはユーザーの利便性を最優先したと聞いています。番組の出演者情報から他局の番組に飛べたりもします。これまでは、ほかの局にリンクはるなんてありえないことでしたから、実はすごく画期的なことなんです。やっと一つ、各局が足並みをそろえてサービスをつくる実績が出来ました。

大熊 それなら、全局乗り入れの見逃し視聴サービスの実現も近そうですね。

氏家 いやいや、まだまだ遠いです。たとえば「ハミテレ」でも出演者情報の一部で顔写真が載っていないものなどがあります。権利関係をクリア出来なかったのです。顔写真でさえNGなのに、番組配信の了解を得られるかは非常に高いハードルです。

他にも、放送エリアの問題もあります。放送は県域免許なので、東京キー局の番組は関東圏だけでしか見られないようにしなければなりません。スマホの位置情報をもとに配信して、例えば静岡県にいたら静岡の放送が視聴できるといったサービスにするのが望ましいですが、県によっては、民放は2局しかないところもありますから、その県に住むユーザーは不満を感じるでしょう。こうしたややこしい問題を解決していかなければなりません。

そんな風に乗り越えるべきステップを考えていったら、まだ100個ぐらいありますよ(笑)

大熊 やはりそこまで単純な話ではないんですね……

氏家 でも実現すれば、いろいろと夢を描けます。例えば番組の情報をメタデータにしておいて、これを使って番組内検索ができるようにすれば、盛り上がったシーンだけをTwitterFacebookで共有して、いきなりそのシーンに飛ぶことだって出来るようになるかもしれません。現状でもソーシャルではテレビに関する膨大な情報が飛び交っていますから、そこから物凄い量のトラフィックを誘導できるようになります。

新たなマネタイズの可能性 

大熊 仮に各局乗り入れの見逃し視聴が実現したとして、CMはより見せにくくなるかと思いますが、マネタイズはどうするんでしょうか?

氏家 課金モデルも月額定額制にすれば十分成立するでしょうし、広告モデルも地上波のCMと同調させたり、独自の動画広告を打つなど様々なパターンが考えられます。

特に見逃し視聴はインターネット・サービスなので、テレビCMではできないターゲティング広告を打つこともできます。ユーザーの特性に応じて表示する広告を変えることは、今のテレビではできません。

また、CMを活用したプロモーションも容易にできるようになりますし、広告媒体としての価値は非常に高いものになります。

さらにデータをとろうという考えもあり得ます。番組も1つ1つのシーンやネタ単位でデータをとり、他のビッグデータとクロス解析してどういった消費行動に繋がったかまで追えれば、日本で一番のリーチ力と消費行動の関連性が可視化されるという最強のマーケティングデータを獲得できます。これはデータ自体に非常に価値があるので売ることもできます。また単に広告枠を販売するだけでなく、データを活用すればより強力なプロモーションというビジネスモデルが考えられるようになります。販売促進費市場は、広告費市場より大きいと言われていますから、新たなマネタイズとしては非常に期待が持てます。

大熊 そこまで勝ち筋が見えているだけに、なんとか実現してほしいですね。

氏家 冒頭でも言ったように、テレビのビジネスモデルが崩壊することはないでしょう。しかし10代の中ではテレビは既にセカンドスクリーンになっているし、このままでは存在感は一層失われ、媒体価値はどんどん下がっていきます。10年後・20年後もフロントラインにテレビがいるためにはどうするかを考えた時、この挑戦の行方は非常に重要な意味を持つと考えています。


(※このインタビューは7/8に行われました) 

FacebookのフィードをALSのアイスバケットチャレンジが埋め尽くしていた先々週から先週にかけて、米国で「Ferguson(ファーガソン)」暴動の話題がTwitterを中心に超絶に盛り上がりました。

Why Facebook is for ice buckets, Twitter is for Ferguson

これは一言で説明すると、今月9日、ミズーリ州ファーガソンにて丸腰の黒人青年が警官に撃ち殺されたことへの抗議運動のことです。店への襲撃など運動は過激化し、一時非常事態宣言が出される事態にまで発展しました。
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(NYTのトップページよりキャプチャ。推奨記事をほぼFerguson関連が占める。)

アサルトライフルを持つ警官、米警察の過剰な軍事化

この暴動はジャーナリズムのあり方にも深い問いを投げかけています。すなわち収拾をつけたい現地の警察はジャーナリストの動きを制限しようとし、中には逮捕される者も出たのです。そのため数多のメディア、ジャーナリストがどう伝えるべきかの模索をしていました。

米ハフポストがクラウドファンディング実施ーー「ファーガソンの暴動」の継続的報道に向け - メディアの輪郭 

そんな中、ハフポストはクラウドファンディングによって資金を集めて継続的報道を試みるプロジェクトを立ち上げました。
暴動そのものは落ち着きましたが、問題の警官の進退や発砲の背景、暴動中に振るわれた民衆への暴力など掘り下げるべきテーマは確かに多々あります。

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(・THE FERGUSON FELLOWSHIPよりキャプチャ)

しかしこれほどの話題性の高さにも関わらず、このプロジェクトの雲行きは怪しいです。

調達額は目標の4万ドルに対して3日前に1.3万ドルで現在1.6万ドル。1日1千ドルのペースのままでは期日までに達成できないし、スタートダッシュで躓くとクラウドファンディングは尻すぼみになりがちです。

なぜうまくいってないのか?僕が考える理由は明白なもので、共感を得られるストーリーではないから、ということです。 

このプロジェクトの説明文はハフポから支援を受けることになるジャーナリストのMariah StewartやRyan Reilly の人物紹介に大半が割かれ、肝心の調査内容についてはほんの数行しか触れられていません。
これではなんでわざわざお金を出してハフポを応援するのか読み手にはわかりません。CNNあたりが放っておいても やってくれるのではないかと思ってしまいます。

ハフポが新興メディアとして出発したころは、(その時の様子を僕が直に見たわけではないですが)たとえばLGBTなど、他の大手メディアがやろうとしてもやりにくい、しかし話題性のあるものを取り上げたことで注目を集めました。

そのエッセンスは大メディアとなった今も変わらないはず。ハフポにしかできない、ハフポにやってもらいことだという読者の共感を得て初めてお金は集まるのだと思います。 

多くのものに当てはまりそうですが、メディアはとりわけテーマそのものに共感を集められるかどうかが鍵なのだなと改めて実感しました。
 

海外進出や印象的なテレビCMの放映など、積極的な展開を続けるスマートニュース株式会社。Atomico、GREEなどから総額36億円の資金調達をしたというニュースは記憶に新しい。
ユーザー数についてはほとんど肩を並べるGunosyをはじめ、他のニュースアプリと比較されることが多いものの、「良質な情報をすべての人へ」を掲げる根幹的な思想はまったく他サービスと異なる。

アスキーの編集者などを経て、日本IBMのマーケティング担当を経て株式会社アットマーク・アイティ(2005年、合併を経て現アイティメディア株式会社へ)を創業、その後スマートニュースに参画した藤村厚夫執行役員。
編集者としてのキャリアを大切にしながら最新のテクノロジーにも常に寄り添い続けてきた彼の「思想」に迫った。 藤村

「モノを書くこと」へのこだわり

今でこそスマートニュースの事業開発を担当する藤村氏も、最初に編集者になろうとした当初は、むしろ書き手にあこがれていたという。

「私は書くことがとにかく好きでした。特定のテーマについて書きたいというよりは、あれもこれも面白そうだという感じで。でも自分のキャリアを考えたときに、プロの作家になるのは難しいかもしれないからそれ以外で書くために便利な場はどこだろう、とひたすら考えた結果、出版社に入りました。」

しかしそこで経験したのは営業や経理など、書くことよりむしろ筆者の裏方として働くことだったという。そうして藤村氏の中で、プロとしてモノを書き、暮らすということにある種のリアリティが生じる。
そして次第に、自分の仕事を通して書き手が秘めている才能を引き出し、役に立ちたい、そうすることで自分の夢を託したい、という方向に転じてゆく

それでも、何かを書き続けたいという思いは残った。ブログも存在しない1980年代、その衝動は同人誌の制作に向かった。締め切りもあり、共に取り組む仲間もいる同人誌ならば書くことに加速感も生まれていった。扱ったジャンルは明治時代の詩人から作家の村上龍氏までさまざまだ。 筆者自身も好きな村上龍氏について問いかけると、

「『この人を語ることは自分を語ることだ』と言えるような作家に出会い、悶々とできることがあります。彼は一時期その対象だったけれど、今はまた変わってきています。 世の中で起きている現象や、人について語る際にさまざまな表現がありえますが、その中でも書くということは特別です。人の内面に働きかけるからです。文字として残ることで、振り返って当時に足りなかったことが分かったり、読んだ時点で自分に欠けているものを教えてくれるような分身になっていくんです。」

藤村氏が持つ、書くことへの強いこだわりがひしひしと伝わってくる。

エンジニアの才能を引き出し、価値を伝えることに惹かれる

IBM
にもかかわらず藤村氏は1998年に日本IBMへと転職する。どういう心境の変化があったのだろうか?

「90年代に入るとコンピュータが職場に入ってきて、新しい可能性を感じました。けれどもある時期、編集者として働いていた職場は、非常に古典的なローテクの印刷中心の出版社でした。そこで古いものにこだわり続けるのがバカらしくなって、ソフトウェア関連のビジネス職に思い切って転職したんです。そこで出会った、ソフトウェアをつくりあげているエンジニアの能力に驚愕しました。これからの社会の活力を生み出す、これからのリーダーは彼らに違いないと。彼らの力を引き出し、世に伝わってないその価値を伝えていくことに情熱が刺激されたのです

やはり根底には編集者として著者の才能を引き出したいという衝動と同じものがあった。 才能を発掘し、その価値を伝えていくということは本来普遍的なはずで、文章の世界に限られないはずだ。当時の周囲には同じように考えたメディアマンはいなかったのだろうか。

「テクノロジーが社会をどう駆動していくか、を書籍で表現した人はたくさんいました。しかし出版社の人はモノを書くことで完結してしまって実際にどう変えていくかにまでは考えがまわらないし、ましてやテクノロジーに対して拒絶的な傾向があったりします。」続きを読む

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