海外進出や印象的なテレビCMの放映など、積極的な展開を続けるスマートニュース株式会社。Atomico、GREEなどから総額36億円の資金調達をしたというニュースは記憶に新しい。
ユーザー数についてはほとんど肩を並べるGunosyをはじめ、他のニュースアプリと比較されることが多いものの、「良質な情報をすべての人へ」を掲げる根幹的な思想はまったく他サービスと異なる。

アスキーの編集者などを経て、日本IBMのマーケティング担当を経て株式会社アットマーク・アイティ(2005年、合併を経て現アイティメディア株式会社へ)を創業、その後スマートニュースに参画した藤村厚夫執行役員。
編集者としてのキャリアを大切にしながら最新のテクノロジーにも常に寄り添い続けてきた彼の「思想」に迫った。 藤村

「モノを書くこと」へのこだわり

今でこそスマートニュースの事業開発を担当する藤村氏も、最初に編集者になろうとした当初は、むしろ書き手にあこがれていたという。

「私は書くことがとにかく好きでした。特定のテーマについて書きたいというよりは、あれもこれも面白そうだという感じで。でも自分のキャリアを考えたときに、プロの作家になるのは難しいかもしれないからそれ以外で書くために便利な場はどこだろう、とひたすら考えた結果、出版社に入りました。」

しかしそこで経験したのは営業や経理など、書くことよりむしろ筆者の裏方として働くことだったという。そうして藤村氏の中で、プロとしてモノを書き、暮らすということにある種のリアリティが生じる。
そして次第に、自分の仕事を通して書き手が秘めている才能を引き出し、役に立ちたい、そうすることで自分の夢を託したい、という方向に転じてゆく

それでも、何かを書き続けたいという思いは残った。ブログも存在しない1980年代、その衝動は同人誌の制作に向かった。締め切りもあり、共に取り組む仲間もいる同人誌ならば書くことに加速感も生まれていった。扱ったジャンルは明治時代の詩人から作家の村上龍氏までさまざまだ。 筆者自身も好きな村上龍氏について問いかけると、

「『この人を語ることは自分を語ることだ』と言えるような作家に出会い、悶々とできることがあります。彼は一時期その対象だったけれど、今はまた変わってきています。 世の中で起きている現象や、人について語る際にさまざまな表現がありえますが、その中でも書くということは特別です。人の内面に働きかけるからです。文字として残ることで、振り返って当時に足りなかったことが分かったり、読んだ時点で自分に欠けているものを教えてくれるような分身になっていくんです。」

藤村氏が持つ、書くことへの強いこだわりがひしひしと伝わってくる。

エンジニアの才能を引き出し、価値を伝えることに惹かれる

IBM
にもかかわらず藤村氏は1998年に日本IBMへと転職する。どういう心境の変化があったのだろうか?

「90年代に入るとコンピュータが職場に入ってきて、新しい可能性を感じました。けれどもある時期、編集者として働いていた職場は、非常に古典的なローテクの印刷中心の出版社でした。そこで古いものにこだわり続けるのがバカらしくなって、ソフトウェア関連のビジネス職に思い切って転職したんです。そこで出会った、ソフトウェアをつくりあげているエンジニアの能力に驚愕しました。これからの社会の活力を生み出す、これからのリーダーは彼らに違いないと。彼らの力を引き出し、世に伝わってないその価値を伝えていくことに情熱が刺激されたのです

やはり根底には編集者として著者の才能を引き出したいという衝動と同じものがあった。 才能を発掘し、その価値を伝えていくということは本来普遍的なはずで、文章の世界に限られないはずだ。当時の周囲には同じように考えたメディアマンはいなかったのだろうか。

「テクノロジーが社会をどう駆動していくか、を書籍で表現した人はたくさんいました。しかし出版社の人はモノを書くことで完結してしまって実際にどう変えていくかにまでは考えがまわらないし、ましてやテクノロジーに対して拒絶的な傾向があったりします。」

アイティメディアの理想と挫折

メディアとテクノロジー、両方に触れてその才能を開花させることに魅せられた藤村氏は、2000年にITエキスパートのための問題解決メディア「@IT」を立ち上げる。あいてぃ
後にIPOしたソフトバンク傘下のアイティメディアに吸収されるまでに成長させたが、そこには苦悩があった。

「@ITは、技術をテーマに表現する人たちで集まって1つのエコシステムを形成していました。周囲のどこもまだ紙がメインでウェブはおまけという姿勢をとっていたのに対し、純粋にネット発でかつコミュニティ性の高いものをつくりたかったんです。印刷メディアにはできない最先端を構想していたつもりでした。」

しかし、アイティメディアは2008年、リーマンショックという景気変動の壁にぶち当たってしまう。20世紀型の出版社の仕組みとは手を切ったはずが、同じようにダメになってしまった。
その現実を前に藤村氏は愕然とする。
そして今度こそ21世紀型のメディアを作らねば、と決意することになる。

まず目先の会社をたてなおすことに忙殺された2009年から2010年と重なっていたのが、明らかにPCを覆すトレンドを見せていたモバイルの勃興だった。
ニュースがデジタルで伝えられ、アンバンドル(バラ売り)化が進んでいく先にあるべき新しいニュースメディアの形は何か。藤村氏がリーマンショック以降考え抜いていたことをモバイルで実現しようとするSmartNewsの台頭は渡りに船だった。

SmartNewsの目指すエコシステム

それでは、「良質な情報をすべての人へ」を掲げるスマートニュースで藤村氏が実現したいこととは一体何だろうか。

「ネット上には過剰にコンテンツがあふれていますから、そこから本当に有用なものを絞り出し、届けて体験してもらえる仕組みをつくりたい。それは、良質なコンテンツを生むのと同じぐらい価値があるはずです。」

その原体験には、東日本大震災がある。原発はどうなっているのか、自分たちの住んでいるところは安全なのか。あのとき日本中の国民が猛烈に、切実に情報を求めた。
しかし悪質なデマや誤解がまたたく間に拡散され、本当に必要とされていた、熟知された見解やコンテンツは十分に伝わらなかったり、そもそも生み出されていなかった。
質の低い情報を是正したりフィルタリングする仕組みを築き、「いい情報をつくれば、SmartNewsによって流通する」となるのが1つ目指す形だ。

もう1つの目標は、たとえば医療の問題や地方の実状など、発信が少ないために十分に多くの人に伝わっていない情報が作られ届くエコシステムを築くことだ。
ニッチだけど本当は必要、という情報が作られないのは、それで作り手が食べていけないというビジネス上の欠陥があるためだ。
だから、SmartNewsがそうした作り手にいかに収益還元できるかはひとつのポイントになってくる。

掲げる崇高な目標に対して課題は多いが、

「いまだかつてできなかったことが、技術の力によってどんどん変わっている。その可能性を信じています」

と藤村氏は話す。「良質な情報をすべての人へ」を掲げるスマートニュース、そして藤村氏の挑戦は続きそうだ。

(※)画像2に関してはFlikcrよりibmphoto24を利用 画像3に関しては@ITのホーム画面をキャプチャ