メディア・クエスター

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 紙の新聞・雑誌の売上高は落ちこむばかりで、その代わりに読まれるようになったデジタル版はそれを補うほどには稼げない。だからこそマネタイズのイノベーションが求められる――

 そういったことが日本やアメリカ、先進国のメディア業界ではここ数年ずっと言われてきました。
 しかし、実は世界的に見ればまだ成長分野は残されているのです。

 まずは、WAN-IFRA(世界新聞・ニュース発行者協会)が発行している「World Press Trends 2014」のスライドシェアを見てみましょう。
 確かに欧米とオセアニアの売上高は鋭く落ちこんでいますが、アジアや南米、中東・アフリカでは、紙ですらcirculation(購読者数)は右肩上がりです。そう、新興国のメディア業界はまだ未成熟でこれからの伸びが見こめるのです。グローバル化の影響やネットの普及によってどういうメディアが出てくるのか。今回は中でもとりわけアジアのメディア業界におけるチャンスについて語っていきたいと思います。

 まず、World Freedom Index 2014によれば、アジア各国の報道の自由・世界ランキングは未だに軒並み低いです。無題(http://rsf.org/index2014/en-index2014.php より転載、赤線は筆者による)

 独裁国家もあり、政権批判につながる政治ネタは厳しく規制されていて書けないでしょう。しかし、経済ネタや娯楽などの切り口ではチャンスがあるのを見越し、とりわけ英語圏のメディアが進出ラッシュをかけています。(勿論経済ネタも政治に依存することがあるので限定される部分もありますが。)

 たとえば世界最大の経済メディアであるイギリスの「The Economist」はアジア地域による売り上げを大幅に伸ばしてきました。
2009年から2014年までの5年間で、全体は3.6%の伸びにすぎなかったのが、Asiaは44.0%の伸びを達成しました。image(Annual Reportより作成 単位は1000£)

中でも2億4千人を超えるアジア新興国で最大規模のインターネットユーザー数を有し、英語が公用語の1つであるインドには、米国のウェブメディアが続々と進出しています。  

(媒体名)      (主要分野)  (インド進出時期)
Business Insider  経済         2013/09
Quartz            経済         2014/06
Buzzfeed         娯楽      2014/08
Huffington post                       2014/12

 急速な発展を遂げ、毎年何十万人も増加する新興富裕層・ビジネスマンの興味を満たすようなメディアが、経済分野を中心に需要されているのでしょう。

 しかし途上国においては、PCをすっ飛ばしてスマホが普及する「leap flog(馬跳び)」現象が起こりますから、スマホ最適で、当たり前のようにソーシャルにも対応した最先端のメディアのあり方が要求されます。逆にいえば、New York TimesやWall Street Journal,Bloombergといった大手メディアを出し抜いて大量の読者を獲得しブランドを確立するチャンスとも言えます。だからこそ立ち上がってわずか数年の新興メディアも積極的に海外進出するのではないでしょうか。ここに地元の有力なメディアも加わってくれば、激しい読者獲得競争となるでしょう。そこからデジタルを前提とした新しいビジネスモデルが生まれるかもしれません。イノベーションはカオスなところから出てくるものなので。

American Media Brands Cast Web Over News in India ―Huffington Post

 これから間違いなく経済的に発展し、世界を面白くする中心地は東南アジアやインドなどの新興国になっていくはず。そこで文化が育まれていく過程で、彼ら/彼女らが何を読むかというのは重要でしょう。メディアの力で影響を与えていくという営みにはダイナミズムを感じます。
 多くの日本企業も中期経営計画などで東南アジア進出を柱として掲げていますが、言語の壁に阻まれてアジアを舞台にしたメディア進出競争から取り残されてしまうのであればそれは残念というほかありません。日本×アジア×経済という切り口だけでも色々なチャレンジは可能だと思うので、自分もいずれ何か作っていければと思います。


【参考】
India’s Daily Readership of Online News and Information Jumps 34 Percent in the Past Year 

 フランスの風刺雑誌「シャルリー・エブド」を発行していた新聞社への襲撃事件と、その後の容疑者立てこもり事件が世間を騒がせています。

 テロリストによって殺害された被害者には哀悼の意を示すほかありません。ありませんがやはり、下記のような絵を見ると、過激派が怒り狂う理由は理解できます。

(Twitterよりキャプチャ) 
すでにTwitterなどで多くの人が指摘していましたが、原発の影響で手足が3本になった日本人の風刺画などを描かれているのを見ると、僕もとても嫌な気分になります。

 しかし、言論には言論でかえさなくちゃいかん、「表現の自由」を暴力で脅かしちゃいかん、と世界中で声高に叫ばれています。フランスでは大規模な追悼集会が起こり、殺された編集長の名を借りて「Je suis Charlie(我々はシャルリーだ)」と掲げられています。
(Twitterよりキャプチャ)
その他にもヨーロッパ中の国々やアメリカの政府が「表現の自由を支持する」と声明を出しました。

 さて、この事件についてどういう意見表明をしようかと、色々迷いました。そして調べていく中で、
7年前に読んだこの記事のことが思わずよみがえりました。

いっそひぐらしのせいでもいいんじゃないのか、もう。フィクションは現実に影響するよ。 

 内容は、当時の青少年の猟奇的な事件が「ひぐらしのなく頃に」という作品に影響を受けたものだ、とマスコミからたたかれていたことについて、作品のファンが意見を表明したもの。筒井康隆の小説「大いなる助走」の影響を受けて殺人に走った少年が過去にいたという話に類似しているとし、筒井康隆がそれを肯定的に捉えていたことを伝えています。筒井はなんと

愛情に飢えたこどもに対して僕の文学は効きめがあったわけです。人殺ししちゃつた(笑)。


とまで言っています。

 もちろん今回の事件(読み手が書き手を殺した)と「ひぐらしのなく頃に」「大いなる助走」(読み手が書き手とは別の人物を殺した)とは根本的に構造が異なります。 しかし同様と言えるのは、ある表現が、受け手に「殺人」という行動に至らせるまでの影響を与えたこと。

 そもそも漫画や文章といった実態を伴わないものが、人の思想に影響を与え、行動まで改めしむる。それは表現することの醍醐味でもあります。
 僕も、高校2年生の時に村上龍の小説を読んで「もっと人生を楽しまなくてはいけない」「もっと勉強して世の中のことを知らなければいけない」と強く思ったことでその後の人生が変わりました。     
 僕も人に影響を与えたい、そのためにたくさん文章を書いたり体を動かして表現していきたい、と強く思うようになりました。

 けれど、誰も傷つけない強い表現などというのはこの世に存在しません。

 一生懸命調べて、考え抜いた末の持論を発表して記事が反感を買って炎上することもあります。とりわけネット媒体であれば、匿名であろうとなかろうと、容赦ない罵詈雑言が浴びせられることも。僕のような学生ですらそうなのだから、プロは日常茶飯事でしょう。ある時、元新聞記者の方に「ジャーナリストになろうと思います」と相談したら、「(後遺症の残る怪我をする場合もあるから)保険にはキチンと入っておきましょう」とアドバイスされたことに衝撃を受けました。

 日中韓の学生がそれぞれの平和を願い踊る動画をアップロードしたら、自身もヘイトスピーチに晒された友人もいました。

 だからといって誰も傷つけないでおこうと最大公約数的になれば、その表現からは魅力がなくなります。

  インスタントに「ええ話やなあ」と消費されてすぐに忘れ去られり記事がFacebook上にあふれかえっていたりしますが、そういった表現にはあまり価値がないと僕は思います。「ためになった」でも「感動した」でもいいですが、人に何か真剣に影響を与えようとするから価値が生じます。 

 個人的な反省もあります。昨年、僕がブログや他の媒体でさまざまな人にインタビューして記事にした際、また私見を書いた際にどこかで「嫌われたくない」という思いが強く働いて、必要以上に曖昧な表現をしてしまったこともありました。

 するとやはり、そういう記事は愛されないし、「中身がない」とばっさり言ってくれる人もいました。賛否両論まっぷたつ分かれるような記事、人の喜怒哀楽の気持ちを激しく揺さぶるような記事は総じて読まれます。

 繰り返し述べますが、何かを強く表現するということはそれがジャーナリズムであれフィクションであれ人を傷つけうるのだと思います。ある読者にとって届けなければならない情報は、別の読者や、取材相手にとって致命的なものであることは多々あるでしょう。楽しませるためのフィクションが差別だととらえられることもあります。

 「表現の自由」について、僕は専門家のような知識を持つわけではありません。しかしその権利が市民の、権力に対する闘争の過程で勝ち取られ、何度も脅かされてきた経緯は逆説的に、「表現とはある種の毒を内在するもの」ということを示しているのではないでしょうか。

 僕はもちろん殺されたくありません。けれど表現という毒に魅せられた一人なのだから、その扱い方に長け、正しい用途を心がけ、しかし「賛否両論」となることを怖れてはならないという、当たり前のことを再認識した日曜日の夕暮れときでした。

リフォームやインテリアなど「住」関連情報を雑誌のような記事形式で届けるメディア「iemo」と、
ファッション・メイク・コスメなど女性向けの「衣」関連記事を提供するメディア「MERY」。
これらの運営会社を10月1日に総額約50億円で買収したDeNAが、食卓のアイディアを伝える「食」関連メディア「CAFY」を開始しました。

DeNA、食のキュレーションプラットフォーム「CAFY」の提供を開始

買収先の創業者である「iemo」村田マリさんを執行役員に加え、社長自らが「ゲーム事業と同価値を目指す」と語った「キュレーションプラットフォーム事業」の第一弾となります。

DeNA守安社長インタビュー【後編】「キュレーションプラットフォーム事業はゲーム事業と同価値を目指す」 

これまで「衣」、「住」ときていたので次は「食」メディアを設立ということ自体は何の驚きもない極めて自然な流れですが、もう少し大局的に見ましょう。「キュレーションプラットフォーム」という言葉には、IT企業にありがちな横文字の組み合わせでなく、もっと重要な意味が込められている可能性があります。単なる「プラットフォーム」とは一線を画しているのです。

ただの「雑誌の代わり」じゃない

買収される前、iemoを運営していた村田マリさんは、雑誌のリプレイスがやりたいと言っていました。
。広く見れば、昨年DeNAが始めて600万DLに達した漫画読み放題アプリ「マンガボックス」はマンガ雑誌のリプレイスだし、少なくとも去年からDeNAはこの戦略を構想していました。要するに紙の雑誌を読む代わりにネットで、とりわけスマホを使って読むようにさせたいということです。

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(引用元:http://www7b.biglobe.ne.jp/~yama88/info_2.html)

しかし、繰り返し引用してきたこのグラフ、もはや説明不要ですが雑誌の市場規模は恐ろしい勢いで落ちていく一方です。この市場の一部分を何割か代替したところで、目下売り上げ高2000億超のDeNAの「次の柱」足り得るのか?

ここで、「なぜ雑誌が売れなくなっているのか」という根本的な問いに戻りましょう。一番ポピュラーな答えは「ネットに可処分時間を奪われているから」でしょう。じゃあネットを使って皆何をしているのか?それは「ゲーム」だったり「SNSでのコミュニケーション」だったりしますが、「読み物」にも相当時間を割いています。ほとんどが無料でしかもどこでも読めるため、雑誌の需要を直接奪っているのはこれでしょう。
では、みんなネットで何を読んでいるのか?とりわけ「iemo」「MERY」「CAFY」のように分野をしぼって専門的な情報が得たい場合は?

ブログで情報を得るという人もいるでしょうが、多くの分野で中心は情報「プラットフォームサイト」ではないでしょうか。要するに、レストランを探したかったら「食べログ」や「ぐるなび」を使い、レシピが欲しければ「クックパッド」、就活情報なら「リクナビ」「マイナビ」、不動産関連なら「SUUMO」といった具合に。

ここで、「食べログ」や「リクナビ」はメディアなのか?という問いが生じます。これらのサイトは基本的に広告出稿料のもとで中立に情報が集められます。ユーザーはそれを見て口コミを書き込んだりと参加できますが、サービス提供側、つまり食べログをやっているカカクコムやリクナビをやっているリクルートは恣意的な関与を避けます。サービサー側の記者がおすすめの企業を書く「リクナビ」はありません。「プラットフォーム」の本質は無味乾燥な中立性、情報の集約にあります。もちろん既存の雑誌の中にもそういう類のものはありましたが。

しかし「キュレーションプラットフォーム」は違います。キュレーションとは「編集」のこと。「iemo」では、(その意思決定の過程にアルゴリズムの関与があるにせよ)編集部側が恣意的に見せたいリフォームや、インテリアの記事をライターに書かせて提供します。「CAFY」もきっと食の分野でそうなることでしょう。見せたい情報を切り取って読ませる。この方が「メディア」だと僕は思います。

「キュレーションプラットフォーム」は単に紙の雑誌を代替するだけでなく、それらから市場を奪っていた情報「プラットフォームサイト」からある程度市場を奪い返すのではないでしょうか。リクルート単体だけでも「販促メディア事業」と「人材メディア事業」(そうリクルートは「メディア」だと言っています)で計5892億円の売上げがあります。こう考えると確かに一大市場ですし、iemoとMERYの買収総額50億円という規模にも納得がいきます。

プラットフォームからメディアの時代へ

ではなぜ今になってDeNAがこの市場を開拓しにきたか。それはネットビジネスの趨勢を追えば必然と言えるかもしれません。

すなわち、これまでのネットビジネスはどこもとにかく「プラットフォーム」を獲るための戦いでした。一番初めにユーザーを大量に獲得して囲い込んでしまえば分野ごとに一番になれる。プラットフォーム側は莫大な利益を稼ぎ、それに従属したサービスは買いたたかれます。後発の戦略は「より分野をしぼる」や「ビジネスモデルを凝らす」でした。例えば人材領域においてはリクナビシリーズを有するリクルートが長らくトップでしたが、転職領域に隙間を見つけたリブセンスが「成功報酬型」という巧いビジネスモデルを組んで参入に成功しました。そういうことがあらゆる分野で起きています。

しかしプラットフォームを巡る戦いは疲弊してきました。究極的な頂点に立つプラットフォームはGoogle,Apple,Amazon,Facebookにしぼられ、下位のプラットフォームは目先の「ビジネスモデル合戦」でつぶし合っても、より上位のルール変更によって容易につぶれます。先ほど例にあげたリブセンスは、Googleからの検索流入に頼り切ったため、その検索システムの変更のあおりを受けて大幅に減益しました。

そして多くの分野でビジネスモデルも発明しつくされてきた感があります。そんなことないと言う人もいるかもしれませんが、ユーザーにとって価値のある差異が生めるほどでしょうか?最初に首位を獲れば圧倒的に稼げたはずのプラットフォーム競争は、いつの間にか差別化の難しいコモディティ競争になってきたのではないでしょうか。それもそのはず、本質が単なる情報の集約でしかないなら、技術力以外で差異化は困難です。

そこで「コンテンツ」の出番というわけです。恣意的な「編集」で情報を切り取り、書き手が主観も凝らした「分析」などの付加価値を提供することで他のプラットフォームとの差別化が実現します。
今後プラットフォームが行き詰まるほど、専門的な分野で、編集がいる・書き手がいるといった意味で「メディア」の黄金時代が来うるのではないでしょうか。
それは、ネットを使ったメディア消費に質的な変化が生まれるということを意味しそうです。

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